「幸せとは?」
 
 
この問いは誰でも一度は考えたことがあるでしょう。

そして、皆さんが今しているみたいに本やネットで調べたり、自分なりに考えて、正解のない問いの答えを探してきたと思います!(…きたのかな?笑)
 
 
幸せとは

「星が降る夜と眩しい朝が 繰り返すようなものじゃなく
 
 大切な人に降りかかった 雨に傘をさせることだ」

と、あのラブソングで人気のback numberさんは「瞬き」という曲で言っています(^O^)
 
 
上記の歌詞でも分かるように、絶対的な答えが無いため一人ひとりにそれぞれの幸せの解釈が生まれます。

そして僕も「幸せとは?」について考えてきて一つの答えに辿り着きました。

なので、この記事では皆さんに少しでもプラスになればと思い、僕が辿り着いた「幸せとは?」の答えを紹介しようと思います。

重要なのは価値観

価値観

 人によってそれぞれ幸せの形は違ってきます。
何を幸せと感じるのかどんな時に幸せと感じるのか、は人によって異なるものです。
 
 
このことから幸せとは何なのかを考える上でまず、なぜ人によって幸せの形が違うのかを知る必要があります。

その答えとしては、人によって「価値観」が違うからです!

ドヤァ、と書きましたが当たり前のことですね。
まったく同じ状況であっても、ある人は幸せに感じ、ある人は辛く感じることもあります。

客観的にみて辛そうな状況にあったとしても、その人にとっては幸せな場合もあるということです。

なのでどんなに辛そうだったとしても、本人以外の人が客観的にみえる情報だけで
「あの人かわいそうやな~」
というのは浅はかなことだということです。
 
 
 ここまでの、「人によって価値観が違う」ということから、
「幸せとは?」の答えに「こと」「もの」が入ることはまずなくなります。

つまり、幸せとは
「結婚してあたたかい家庭を築くことである」
「お金持ちになり豪遊することである」

というような答えは、その人にとっては当てはまるのかもしれませんが、正しい答えではないということです。

「お金=幸せ」ではないのか?

お金より

 良く議論に出される「お金があれば幸せなのか?」について。

先の項で分かるように僕は違うと考えています。
とはいえ、よく議論に出されることもあり「お金=幸せ」という考えも一理あります。

まずは、なぜそのように考えられるかについて簡単に説明していきます。
 
 
 人によって価値観が異なるため「幸せ=こと、もの」にはならない。
ならないというよりは「言えない」

これは間違いないです。

それなら「お金=幸せ」は迷うことなく間違っていると言えて、議論の余地はないように感じます。

しかし、人によって幸せと感じる「こと、もの」は異なりますが、何らかの「こと、もの」であることもまた確かです。

そして、今の世の中何らかの「こと、もの」を手に入れようと思えば少なからずお金は必要であり、お金が多ければ多いほど幸せの条件を満たせる可能性が高いです。

そういう意味では、「お金=幸せになる手段」=「お金=幸せ」という考えは一理あるように感じます。
 
 
 しかし、綺麗ごとではなく世の中にはお金では買えない「こと、もの」は五万とあります。
ましてや将来の夢や目標にあたることが多い「こと」に関してはお金では買えないことの方が多いでしょう。

そう考えれば、お金があることはあくまでも幸せの一要素にしか過ぎないのです。

ですので、僕は「お金=幸せ」ではないと考えます。

幸せとは「主観的な幸福度」が高いこと

幸福度

 ここまで、
【人によって価値観が違うので「幸せ=こと、もの」にはならない】
【お金は幸せの一要素にしか過ぎず「お金=幸せ」ではない】

と書いてきましたが、じゃあ「幸せとは」なんなのか?

それは「主観的な幸福度」が高いことです。
 
 
 「主観的な幸福度」が高いとはどういうことか?

まず、先にも書きましたが幸せかどうかは客観的に判断できるものではありません。
幸せかどうかは主観的な判断になります。

次に幸福度が高いとは具体的にはどういうことか。

幸福度とは言葉の通り、幸せの程度のことであり、その程度が高いということです。

つまり「主観的な幸福度」が高いとは、主観的に決定される幸せの程度が高いということです。
 
 
 「そんなん“幸せならば幸せである”って言ってんのと同じで当たり前やん」

と感じた方がいるかもしれません。
幸せの「=」を考えているという意味では、そう感じるのはあながち間違ってはいないのかもしれませんが、分かりやすいように例を挙げて説明していきます。
 
 

 あるところに、帰る家を持たないホームレスがいます。
一方、一企業の社長であり年収3000万円を超える人がいます。

客観的に見たら、ホームレスの人は世間体も良くなくお世辞にも幸せとは言えないでしょう。
逆に、十分すぎるほどのお金があり世間体も良い社長の人は勝ち組の幸せ人です。
比べるまでもなく社長の人の方が幸せのはずです。

しかし、ホームレスの人は実はミニマリストで、生活の中の不必要なものを取り除いていった結果、自ら帰る家を捨ててホームレスになったのでした。
周りの目を気にせずに自分の好きなように暮らせているので、現状の生活に何の不満もなく、主観的な幸福度は満点の100点です。

 次に世間体の良い勝ち組人生を歩んでいる社長の人を見てみます。
もちろん自分の会社を持ち、お金も十二分にあるので主観的にも幸福度は高いです。
しかし、社員を雇い会社を経営している以上どうしても責任は大きく発生し、社員を路頭に迷わすわけにはいかないので忙しく充実した日々を過ごしています。
充実した日々には変わりはないのですが、その結果趣味や遊びに割く時間は減ってしまいいわゆる「仕事人間」のような生活になり幸せではあるが主観的な幸福度は80点です。

 
 
 例のように、一見不幸そうなホームレスの人幸せそうな社長の人を比べて見ると、実際はホームレスの人の方が主観的な幸福度高い場合もあります。

僕の考え方でいくと、今回のケースはホームレスの人の方が社長の人より「幸せである」ということになります。
 
 
 上記のは極端な例なので、「そんなんモノは言いようやんけ!」と思ったかもしれませんが、
実際にミニマリストで自らホームレスになっている人もいますし、傍から見たら幸せそうな人でもその人にとっては不満がある場合もいっぱいあります。

長ったらしく例も挙げて説明してきましたが、結局何が言いたいかと言うと

「本人が心の底から“幸せ”だと感じている状態が“幸せ”である」

ということです。
ちょっと哲学っぽくなってしまいましたね(笑)
 
 
 ここで重要なのが「心の底から」ということです。
見栄や意地で「俺は幸せやから(`^´)」と言うのではなく、本心から「幸せ」だと感じていなければなりません。

しかし、もし本心から「幸せ」だと感じられているのなら、それがたとえ傍から見れば過酷な状況であったとしても、本当の意味での幸せを手にしていると言えるでしょう。
 
 
【幸せとは主観的な幸福度が高いことである】
要するに
【幸せとは自分自身が心の底から幸せだと感じている状態のことである】
 
 
 ここまで「幸せとは」について僕なりに答えを書いてきました。
それを踏まえたうえで、最後に「幸せになる方法」について答えるとするならば

「自分自身が幸せだと感じられる状態に身を置くこと」

です。

シンプルで何の解決にもなっていないように感じますがこれしかありません。
そして、それを実現するためには「自分が何を幸せと感じるのか」を知らなければなりません。

人それぞれ違う「自分」の幸せの形を知り、その状態に自分を持っていくことが、幸せになる唯一の方法なのです。
 
 
 ここまでで分かりにくかった点もあったかもしれませんが、最後までこの記事を読んでいただいた皆さんが、自分にとっての幸せの形を見つけて主観的な幸福度が高い人生を送れることを願っています(^o^)/

それでは^^

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